エッセー 簿記3級が努力の証となった。

数年前に就労支援をしたがんばり屋のNさんの話。

Nさんは、乱暴な父親が外で別の家庭を作った挙句、その家族ともに舞い戻り、Nさんと母親に暴力をふるい追い出した。Nさんは中3であったが、何とか卒業はするものの高校への進学は断念した。その後、数々のアルバイト、派遣、契約社員として生活をしていたが、安定もせず、将来への不安もあったそうだ。

18歳になるまでに、お金を貯めて運転免許を取得した。その後、30歳で簿記の勉強を始める。余裕はないので独学で始め、数回の受験で合格したそうだ。その後、職業訓練でPCの資格MOSを取得し、貯めたお金で大型、特殊、牽引、危険物の乙4を取得しトラックの運転手を目指した。が、40歳弱でトラック運転手としての経験がないため、連帯保証人を用意できないなどもあり、採用されることがなかった。そして、介護の仕事などをするが、資格なし、激務がたたり倒れてしまった。

そうしているうちに、生活保護を申請せざるを得なくなってしまったのだ。

支援している時に、履歴書を持参してもらうのだが、Nさんの履歴書もよく書けており手直しもほとんど要らないものではあったが、別の記入シートには簿記3級があったが、履歴書への記載はなかった。本人に理由を尋ねると、応募先の仕事に関係がないからとの返答だった。確かに、トラックの運転手に簿記3級の資格は必要はなだろう。

しかし、彼の真面目さ、一生懸命さが伝わる1つのエピソードにも思える。加える欄もあることから、記入することを提案した。本人は訝し気であったが、素直な性格なので次の応募からは記入するようになった。

この先は、想像できると思うが、ポツンと簿記3級が入ってくる履歴書。面接官は少し気になるようで、Nさんに尋ねる。

中卒とはいえ、ろくに通えていない人が、簿記の3級の試験を勉強することは、結構大変に思われる。そして、不安の中、勉強をするのは予想以上に辛いことだと言えるだろう。本人は3級ぐらいで書くのはと思ったが、自分からのアドバイスもあり記入した旨を面接時に話したそうだ。面接官は、トラック運転手の経験のないNさんを採用することにした。彼の真面目さ、現状に留まるのではなく何か行動を起こそうと努力することに気づいてくれたのだ。

ところが、彼には試練が待っていた。次の問題は、数か月働き、生活保護も脱却して順調になって一息ついた時のことだ。ある日、役所に電話が掛かってきて相談したい旨あった。電話の様子から、いい話ではないことが伺えたが、後日ということにした。Nさんの身内は、母親しかいないも同然だが、若い頃の無理もたたり、生まれ故郷の施設で生活している。そう、連帯保証人を用意するように言われたのだ。友人という選択肢もなくはないが、生活保護から自立をして間がないこともあり、立てることができなかった。1人でいい。自分がなってもいいかなと思えるような人物ではあるが、この人にはなるが、別の人にはならないという公平さに欠けるようなことはしてはいけないし、自分自身もいつまでこの仕事をしているかわからない。

上司に電話をし、保証人なしにならないのかを話すと、保険もきちんとしているしNさんも真面目に働いていることを考えると、必要とは思わないが、会社組織としては例外を作りたくないこともある。そして、上司がなることはできないのか?と聞くと、しばらく沈黙があり、上司からはそうかとの返答。会社内の人間が連帯保証人というのも規定外かもしれないが、うまくいったようである。その後、ケースワーカーさんも自分も異動してしまったので、どうしているかはわからないが、トラックのハンドルを握っていると思う。

出会ったときは、努力しても報われない、死にたい、と言っていたNさんだが、結果として、努力が評価されたのである。

あきらめずにがんばっている人が報われることを知ることができたのはうれしいことだ。